総院長のひとりごと

2013年9月26日 木曜日

総院長のひとりごと(思い出編その13)

小学校の5年生の時ですから、昭和41年ですね。生徒がそれぞれ何かのサークルに入って課外活動をすることになって、僕たちのことですから、これならたいしたことないなって感じで、自然園部に入ったわけです。他には、放送部とか当番の日には先生と顔を合わせないといけないサークルもあったんですけど、何しろ遊びたいだけなものですからね。自然園部って言っても、花壇と小さな池があるような、かわいいものでしたけど、顧問の先生が植物にすごく造詣が深い方でした。僕たちは桜かひまわりくらいしかわかりませんでしたけどね。
その自然園には堆肥の小山があってカブトムシの幼虫なんかがいて、結構楽しみもありました。その頃の思い出は、ある日の放課後にいつもの仲間とその堆肥からミミズを採って自然園の池の鯉を釣っていたんですよ。それを用務員のおじさんに見つかって、竹箒を持って追いかけられて運動場を逃げ回ったんですよ。僕たちがやってるのはわかってるから逃げても同じなんですけどね。結局、校長先生が帰られるまで、校長室の前の広い踊り場で正座させられました。何かかわいい時代ですよね。 

5年生の時はもう一つ忘れられない思い出があります。
雨が降りそうな日で、傘を持っていかなかったんですけど、昼からの5時間目の授業中に、また3人でふざけて教室の後ろに立たされていたんです。またそこで騒いで、2人だけ「廊下に出ていきなさい」って言われて、扉を開けた瞬間、98歳まで長寿を全うした祖母が鬼のような顔で傘を持って立っているじゃないですか。もう固まってしまいましたね。当時はまだ58歳くらいでしたから、今の僕の年くらいですから元気なものです。
「あっ、これはくるな」って思いました。

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2013年9月 2日 月曜日

総院長のひとりごと(思い出編その12)

今でも子供の頃の気持ちで話せる幼なじみが二人います。医学部の同級生にも一人だけ公私ともに気楽に付き合える友人がいますが、何の遠慮もせずに腹を割って付き合えるのは、その二人ですね。
社会に出て、本当に魅力的な方や素晴らしい方に出逢い、いいお付き合いをさせていただいていますが、利害関係がない人は自分の中では数人しかいません。その中でも一人だけ僕が本当に引き込まれるような魅力的な人がいますけど、一期一会の最後の人かもしれません。年端が経るほど自分の個性が確立してきますから、そういうインパクトを与えてくれたことは本当に幸せなことですよね。

今回から、今でも心の拠り所になっている幼なじみとの思い出を書いてみようと思います。

昭和30年代の田舎町ですから中学を卒業するまで、9割近くの200人くらいが、クラス替えがあるくらいで、幼稚園も含め10年間を小さな地域社会で過ごし、それが全世界でした。小学校に入学した頃は国道以外はほとんど道路も舗装されてなく、自動車も少なかったですね。遊びと言ってもカン蹴りやソフトボールくらいのもので、学校が終わると数人が自然と集まって日が暮れるまで遊んでいました。一人でいたという記憶がありません。東に1kmくらいで漁港と砂浜、西に2kmくらいで雑木林の小山があり、人数が集まらないと海か小山に行って遊んでいました。あまり時間の感覚がなくて日が暮れることがその日の終わりでしたね。夏は日没が遅いので1日が長かったですね。その頃もその二人と一緒だった日もあると思いますが、その一人と5年の時にクラスが同じになって、仲良くなっていきました。もう一人は、9年間一度も同じクラスにはならなかったのですが、
その頃からは数人でいても、僕たち3人はほとんど一緒でしたね。

総院長 伊藤 暁彦

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2013年8月21日 水曜日

総院長のひとりごと(思い出編その11)

中学に上がる頃までは、すごく厳しい人でした。そして祖母の兄が毎日父親代わりのように来てくれました。だから寂しさは感じなかったですね。最後まで親孝行はできませんでしたが、本当に感謝しています。強い女性でした。

昭和37年に小学校に入学してから、40年代、50年代と、生活水準、生活環境、そして考え方が年々、というか日々変化していくような、今では想像できないような時期に学生時代を過ごしましたね。外見は自分なりに当時の流れについていけたんじゃないかなと思っていますが、精神的には祖母の影響が強くいい意味でも悪い意味でも解放されていないような気がしますね。

振り返ると夢のような希望の持てる時代でした。物心ついてからでも東海道新幹線、東名高速、名神高速の開通、東京オリンピック、大阪万博、札幌オリンピックの開催など日本の経済成長と伴に青春時代を過ごすことができた世代でした。
でも、精神的には欧米のような個人主義には馴染めなかったですね。  昭和60年代から平成に年号が変わる頃から、地元には、ほとんど足が向かなくなりました。仕事も楽しかったですし、バブルの崩壊もありましたからね。それでも、何か悩んだり、落ち込んだりすると、幼なじみが一番でした。本当に心を許せるのは、二人しかいませんけどね。この二人とは、山ほど思い出がありますし、今でも当時と変わらずに話せます。三人ともそれなりに大人になり、父親にましたけどね。
この3年くらいは、週に一度は会いにいきます。子供の頃の思い出話などをしているとその頃にタイムスリップするようで、気分が晴れますね。

次回は、子供の頃の思い出話を書いてみようと思っています。

総院長 伊藤暁彦

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2013年8月18日 日曜日

総院長のひとりごと(思い出編その10)

僕は昭和31年2月の生まれです。前年の昭和30年に経済白書で「もう戦後ではない」と発表され、高度経済成長がスタートした年ですね。

生まれも育ちも三重県四日市の漁師町で、24歳まで暮らしました。僕の最初の記憶は、昭和34年9月の伊勢湾台風ですが、その夜の数時間のことだけ覚えているんですよね。家は海から1キロも離れていない所で、すぐ南には桜並木の小川が流れ、海岸は海水浴場でした。当時は防波堤もなかったと思います。  2階で、祖母、母と弟の4人で舟のように揺れる家と暴風雨の轟音しか覚えていないのですが、その後の記憶は6歳までないんですよね。記憶していない本能的な恐怖感がどこかに潜んでいるのかなと思うくらいそれだけ覚えているんです。

昔からの漁師町で人情味があり仲間意識の強い町で僕はそんな町が好きでした。気性も荒かったですけどね。伊勢湾台風の後、急速に町が変わっていきました。
最初の頃は料金所があったと思いますが、国道23号線が開通し防波堤ができていきました。数年でコンビナートが町のすぐ近くまで拡張してきました。中学に上がるまでは、まだ一部海水浴場は残っていてタコの噴水だけが最後まで残っていましたね。幼稚園からその頃、そして高校卒業までが本当に懐かしい思い出です。

伊勢湾台風の年に両親は離婚していました。母は病弱で、今思うと薄幸な人生だったかもしれません。43歳で亡くなりました。祖父は僕が生まれる前に亡くなっていましたので、僕たちは祖母に育てられました。家政婦紹介所を経営していましたが、当時は大変だったと思います。

少し長くなりそうなので、続きは近日中に「ひとりごと」に書こうと思います。

総院長 伊藤 暁彦

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2013年8月10日 土曜日

総院長のひとりごと(思い出編その9)

メイルクリニックを開院してからは、他院での再手術、比較的急を要する方が多く来院されますが、シリコンリングは、紹介の方、再来の方が多いですね。美容外科の手術も相変わらず興味深く思っていますので、ご紹介の方や、以前のクリニックから再来される方は現在も手術日を決めて、あるいは時間外に診療しています。やはりこの仕事が好きなんでしょうね。

メイルクリニック開院当時から、僕の仕事を手伝ってくれている林先生が平成24年4月から常勤で勤務していただけるようになりました。これでクオリティを保って新宿院、名古屋院で余裕を持って仕事ができるようになりました。今年3月からは、名古屋院院長として独自のブログも初められて様々な情報を発信して下さっています。

新宿院は来院される方も出張のついでに来られるとか、海外から来院される方もいらっしゃいますので手術のバリエーションも多いですね。それで林先生と調整しながら名古屋院と新宿院とも均等にスケジュールを組んで手術をしています。両院とも複雑な手術や、手術件数が多い日は二人で勤務することもあります。信頼できる先生と話し合いながら仕事ができることは、安心感もあり楽しいですね。月に一度のスタッフを交えてのミーティングも充実したものになりました。

最近は、包茎手術のついでに美容外科のカウンセリングを受けられる男性の方も来院されるようになりました。男性専門のクリニックだから気軽に相談できるのでしょうね。女性の方は紹介の方やメイルクリニック以前からの方々なので、手術日を決めていますので来院される方にご迷惑をおかけすることはありません。

これからも、益々来院される方の悩みにできる限り対応できるように林先生、スタッフ共々、努力していきますので、気軽にカウンセリングを受けに御来院してください。

林院長のブログでは、手術に関することなど医学的な情報を発信して、「ひとりごと」では、美容整形のエピソードや日々の出来事などを書いてみようと思います。興味があることがありましたら、クリニックの相談メールにでもお送りください。
また、メイルクリニックの手術や考え方に共感してくれる先生で、札幌や、博多などで個人開業されている先生、僕と一緒にやってみませんか?

総院長 伊藤 暁彦

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